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アマ無線で最大のインパクトを感じたのが電信での出来事でした。
それは50年以上も前の話、青森から宮城あたりへの電話でも通話申込みのあと
数時間でようやくつながり、しかも相手の声は雑音のなかに埋まり、自分のすべて
を集中しても相手の声が聴き取れないような時代でした。
二級アマで開局、数年ほど運用しているうちに若さも手伝い、覚えるともなく英文電信が身に
ついていました。あるとき、ほんのいたずら気分からか、それとも魔がさしたのか、アメリカ
西海岸、W6局のCQに、自分の電波が届くはずが無いと思いながら軽い練習のつもりで応答・・・
電信は免許なしの不法運用なので自分のコールサインは途中まで打って送信をやめた。
少し間があいて聞こえてきたのはなんと「QRZ JA7・・・・」,自分の電波がアメリカまで
届いて返事が返ってきたことへの驚きと感動。この感動が私を頑張らせ、それまで考えても
みなかった一アマをとらせました。
当時アマ免許は一・二級のふたつだけ、そして電信は一アマだけに許可されていたので電信を
するためには一アマの資格が必須でした。
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